食材探訪
Interview
「茶屋花冠」主人・松本青山

食材探訪~旧山形村産日本短角牛を求めて

究極の和牛を求めて、花冠主人の松本青山さんが訪れたのは岩手県久慈市旧山形村(現在は山形町)でした。東北新幹線で二戸へ。そこから車を90分走らせると、万葉の美しさをまとった山々に囲まれます。御目当ては「旧山形村産日本短角牛」です。

写真・板野賢治/文・増本幸恵

「幻の和牛と称される日本短角牛。
日本にも素晴らしい赤身肉の和牛があります」

幻の和牛と称される日本短角牛

和牛と聞けば、ほとんどの人が霜降りの入った黒毛和牛を想像するでしょう。実は和牛には、「黒毛和牛」「褐毛和牛」「短角和牛」「無角和牛」の4品種あります。その中で約80%を占めるのが黒毛和牛。この黒毛和牛と褐毛和牛は朝鮮半島から日本に伝わった牛で、世界的にも珍しい脂肪交雑(霜降り脂)が入ります。一方、短角和牛は寒冷地シベリアから伝わった牛で、霜降り脂ではなく分厚い皮下脂肪で体全体を覆い、肉のなかには脂肪が入らないのが特徴です。

幻の和牛と称される日本短角牛

今回訪れた旧山形村の日本短角牛は、東北南部地方に在来する地牛「南部牛」に由来します。南部牛は江戸時代、南部藩が三陸沿岸部と内陸部を結ぶ「塩の道」でたくさんの荷を運んだ役牛のことをいいます。明治期に入ると肉用化が進み、より大型化が求められて、外来品種「ショートホーン」と交配・品種改良がなされました。昭和32年に「日本短角種(短角牛)」が日本固有種であると認定されますが、戦後の安価なアメリカ産牛肉のあおりを受けて生産量が激減、絶滅寸前まで至ります。現在は旧南部藩の領地(岩手県および青森県)で大切に育てられています。とはいえ全国の肉用牛総数からすると、わずか1%以下という幻の和牛なのです。

「夏は山で駆け回り、冬は里で過ごす。
旧山形村日本短角牛は東北の人々と共生しています」

幻の和牛と称される日本短角牛

11月初旬、松本さんは初雪が舞う旧山形村を訪れました。春から秋にかけて山で奔放に過ごした牛たちも里の牛舎に戻る時期。「放牧期間中に自然交配が行われ、母牛は大雪に閉ざされる初春に牛舎で出産します。生まれたばかりの子牛はしっかりと母乳を飲み、初夏、広大な放牧地で柔らかい新芽をたっぷり食べ、秋まで母乳と牧草で育ちます。子牛のときに青草のビタミンやミネラルをしっかり取ることが、健康な内臓を作り、健康な体を作るために重要なこと。北上高地の美しい自然の中でのびのびと過ごした牛たちは、驚くほどたくましく成長するのです」と松本さん。

旧山形村日本短角牛は、春季には母子ともに山に放たれ、秋季には再び里へ降りてくる「夏山冬里」方式がとられています。北上高地は三陸地方特有の偏東風「やませ」の影響により夏が短く、農作業ができる時期が限られてしまいます。その間、牛たちは放牧して農作業に集中し、農閑期の冬は手厚く面倒を見る。この飼育方法は、人工授精、屋内飼育が一般的な黒毛和牛とは異なり、牛本来が持つ生命力と風土の特徴を生かした理想的なスタイル。牛と人間が共存する里山文化そのものなのです。

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「霜降り肉に右ならえではなく
個性あふれる地牛の価値に気づいてほしい」

食材探訪

黒毛和牛の業界では、一部の特産松阪肉のような伝統飼育をつらぬく生産者を除き、さまざまな問題を抱えています。その一つが、短期肥育ゆえに味が薄く、牛海綿状脳症(BSE)や口蹄疫といった病気にかかりやすいということ。黒毛和牛は霜降り脂という遺伝病を維持したまま肉質向上を図るため、青草や牧草を餌に与えると、含有するビタミンAが霜降りという遺伝病を治してしまうのです。そのためビタミン類を制御した偏った食事になりがちに。短期間で霜降り肉に仕上げるということは、実は健康とはかけは離れた肥育がされているのが現状です。

また、どの産地の和牛も味が似たり寄ったりで興味がないと松本さん。そもそも牛肉は、料理人としてなんの興味ももてない食材だと言い切ります。「大多数の黒毛和牛は短期肥育で肉質が成熟しておらず、霜降り脂ばかりで肉に味がないのです。豚肉や鶏肉には味がある。塩焼きにするだけで十分に旨みがにじみ出てきます。しかし和牛はどうでしょう? 塩焼きだけで味が出ますか? なんの旨みもないからこそ、味の濃いソースで味わっています。しかし、旧山形村の日本短角牛は違う。山深い地を駆け回りながら育つため、平地での放牧に比べてぐっと身が引き締まり、味が乗ります」。

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旧山形村には東北唯一の闘牛場があり、毎年闘牛大会が開催されます。かつて重い荷を運んだ南部牛はみな働き者で力強く、こぞって力自慢をしてきました。「東北ならではの古きよき文化が息づいている証。このように牛と共生してきた地域文化や、地牛の存在を、もっと知ってもらいのです」

「オイルエイジングをかけた肉は
厚みのある柔らかさへ。
噛むほどに旨みが広がります」

旧山形村産の日本短角牛に与える混合飼料は100%国産というところに驚きます。その中に粉砕した大豆が入っていますが、特に柿木畜産では丸大豆にこだわり、熱湯でアルファ化したものを牛に与えています。他にもトウモロコシの実や葉茎を乳酸発酵させたコーンサイレージを加えるなど、とにかく餌の内容がいい。牛が健康に育つ環境が整っています。「食べたときにミルクや草の香りがして、噛むほどに旨みが広がるのに驚きました。霜降り重視の黒毛和牛と異なり、日本短角牛は一切の霜降り脂は入りません。しかし、厚みある味わいと、余韻が広がる肉香が素晴らしいのです」と松本さん。

課題は、霜降り脂が入らないゆえの肉質の硬さと含有水分量でした。通常、牛肉は約2週間の熟成期間を経て食べごろを迎えますが、日本短角牛はまだ硬い。そこで熟成期間や熟成方法をいろいろと試し、たどり着いたのがフランスの伝統的なジビエの熟成法「オイルエイジング」でした。約3週間ウェットエイジングで熟成させた後、さらに1週間、オイルに漬け込み熟成させます。この1週間で熟成が一気にすすみ、厚みのある柔らかさを得たのです。

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「茶屋花冠ステーキ茶論」のステーキ肉は、サーロインに続く部位のランイチ肉を用います。運動量が多いぶん、もっとも味が濃い部位の一つ。噛むほどに旨みが出て、その余韻がいつまでも残る。そんな松本さんが惚れ込んだ幻の日本短角牛の美味しさを、ぜひ御堪能下さい。

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